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進行性多巣性白質脳症(PML)

癌末期、HIVにみられる

今回紹介する病気は、進行性多巣性白質脳症(PML:progressive multifocal leukoencephalopathy)である。PML は主に癌の末期患者、HIV 感染症でみられるもので、脱髄が多巣性でなおかつ進行性に生ずるのでこの名で呼ばれる(写真1 左)。現在有効な治療の手立てがなく、治療法開発が望まれている。
長嶋和郎北大名誉教授が、東大医学部の剖検症例から日本で初めて原因であるJC ウイルスのTokyo-1 株を分離し、研究を展開してきたため、筆者にとってはなじみ深い疾患である。現在も全国からコンサルテーションを受けており、長嶋先生が開発したオリジナル抗体を使用して診断している。
JC ウイルスの基礎研究は、北大人獣共通感染症リサーチセンターの澤洋文教授に引き継がれており、われわれは臨床病理診断の側面から共同研究を行っている。

発症の仕組み

PML は、脱髄、すなわち神経細胞の軸索の周囲を覆っている髄鞘が破壊されるものであり、髄鞘を形成しているのは、稀突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)なので、JC ウイルスによって、この細胞が破壊されるのが病気の本態である(写真1 右)。
JC ウイルスは通常は腎・尿路系に感染するとされるが、免疫力が低下すると、脳にやってきてオリゴデンドロサイトに感染する。さらに病原性を持つJC ウイルス遺伝子の制御領域はドラスティックに欠損・組換えがおこっており、なぜそのようなことがおこるのか不明な点が多い。組換えの仕組みが不明であっても、このJC ウイルスの制御領域遺伝子の多様性で、人類の進化の系譜が論じられており興味深い点でもある。
症状は、およそ4 割の人に知的障害、視覚障害、筋力低下がみられる。通常は40 ~ 60 代に多く発症するが、HIV感染例では小児にも多い。

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JCウイルスとは

JC ウイルスは全長約5 キロ塩基対の2 本鎖環状DNA ウイルスで、ポリオーマ属である。1971 年にPadgett によりPML の患者から分離され、その人のイニシャルをとってJC ウイルスとされた。
ポリオーマには、他にSV40 ウイルス、BK ウイルスがある。SV40 はサルに感染するウイルスが、1950 年代にポリオワクチンが開発された時に使用されたサルの腎細胞が感染していたことが知られており、その時期にワクチンを接種された人の脳腫瘍発症に関係すると言われているが、議論がある。BK ウイルスは膀胱上皮に感染するもので、細胞検査士、病理専門医の試験にしばしば出る。
JC ウイルスの抗体価を測定すると日本人のほぼ全員が抗体を保有していることから、多くの人に感染歴があると思われる。実際ずいぶん前だが、教室スタッフ全員の抗体価を調べたら全員陽性であった。JC ウイルスの病原性は弱く健常な状態では発症しない。免疫力が低下したときに病気が起きるわけだ。
多発性硬化症治療薬の抗α 4 インテグリン抗体製剤投与とPML との関連が2005 年にNEJM に出て一時問題となったが、現在はFDA では再度許可されているという。治療法はHIV 感染に合併するPML に対しては、強力なHIV 治療法であるHAART(highly active antiretroviral therapy)がPML に対しても有効であることが言われているが、HIVと関連しないものではさまざまな抗ウイルス薬が試されているものの効果には疑問が多い。特異的治療法の開発が急務である。

病理検査・髄液検査

PML が疑われた場合、通常は髄液0.5ml もあればPCRによるウイルス検査は可能であるが、確定はやはり脳生検である。組織学的には、感染細胞の核はクロマチンが増量し、著明に腫大しているので、HE 染色で十分疑うことができる(写真2 左)。確定は当教室オリジナルの抗体である抗VP1 抗体(写真2 右)、抗アグノ蛋白抗体を用いている。市販では抗SV40-T 抗原抗体があるが、感度は相当低い。該当する症例については随時コンサルトを受け付けているので、一報いただきたい。

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