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エーラス・ダンロス症候群の遺伝子診断

現代医療においては画像診断が進んだため、剖検は不要であるという風潮が1990 年代以降広がり、剖検率もかなり低下してきたが、近年は横ばいで、研修医の教育、オートプシーイメージングとの連携、医療事故調査としての位置づけなど新たな側面がクローズアップされ、その重要性は再認識されている。
もちろん大学医学部においては、臨床病理検討会型の講義・実習など学生教育に重要な役割を果たしていることは、言うまでもない。
このため、われわれは日々剖検の技術・診断力の向上に努力している。貴重なご遺体にメスをいれるわけなので、技術的には一つも無駄な動きがないよう心がけている。剖検執刀医は、技術に加え、臨床医との対応、写真の適切な撮影、全体の進行などさまざまななことに注意をはらい、ご遺族を不要に待たせることなく、医学的には将来の分子病理解析を含め検索を熟慮し、ポイントをはずすことなく進行しなければならず、意外と医師としての総合力が問われる場面である。
私自身、これまで1,000 例以上の症例に接してきたが、学ぶことがない症例などとというのは1例もない。剖検では必ず自分にとっての新しい発見、習得することがあり、学生教育の場で何十回も呈示した症例、論文発表、学会発表で議論となった症例など、忘れられない例が多い。
今回、とくに遺伝子検査とのコラボレーションが重要な、稀ではあるが知っておくべき例を示す。

【症例 20歳男性の腸管穿孔・肺出血】

2007 年、関連病院の剖検があり、20 歳男性が腹痛で病院に搬送されたが、ほぼDOA に近い状態で腸管穿孔、肺出血が主たる所見だった。2 年前に、内頚動脈の動脈瘤の手術の既往がある。通常みられない所見にただ事ではないと直感したが、すぐに診断にたどりつけなかった。その時、執刀者から、剖検中に見に来られた脳外科の先生が、頸動脈解離の既往からマルファン症候群などの結合組織病の可能性を鑑別にあげられたと聞いた。その言葉がヒントとなり調べてみると、エーラス・ダンロス症候群が最も近いとの結論に至った。

血管型

エーラス・ダンロス症候群とは、コラーゲンの異常に基づく疾患であり、!血管、皮膚の脆弱性”関節の過伸展や皮膚の過伸展を特徴とする(写真1)。
結合組織病としてくくられることが多く、弾性線維の異常に基づくマルファン症候群も類縁疾患である。デンマーク人とフランス人の医師の名前に由来するので、エーレルス・ダンローと言う発音が原語に近いとのことだ。関節が折れ曲がるように、ぐにゃっと動くのが印象的であるが、関節症状がほとんどなく、主病変が血管という亜分類があり、本例はその血管型にあたる、と疑った。
調べてみると、3 歳時に肺動脈狭窄、幼少児から小下顎、耳介変形、脊椎後弯、15 歳時、左内頚動脈解離、17 歳時には膝靱帯断裂で手術した際に創傷治癒遅延が指摘されていた。ただ、個別の事項として対応されていたため診断には至っていなかった。剖検においては組織学的に血管壁が異常に菲薄化しており(写真2)、免疫染色を行い腸管における」型コラーゲンの染色性の低下を確認した。

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線維芽細胞を培養して

コラーゲン線維は、図のように三重らせん構造をとっており、エーラス・ダンロス症候群ではコラーゲン遺伝子の異常が原因で正しい構造のコラーゲンが産生されないことが判明してきている。
現在、当教室では、谷野美智枝助教を中心に、エーラス・ダンロス症候群の診断のための」型コラーゲンの遺伝子変異解析を行っている。皮膚科医の協力を得て皮膚生検をしてもらい、線維芽細胞を培養する。コツは、微小組織片の上にカバーグラスをのせておくと、線維芽細胞だけ横の隙間からスルスルと動きだしてきて、余計な成分が混じらないのである。そこからmRNA を抽出して、RT-PCR 法を用いて直接シークエンスを行う。オーソドックスな方法なので、研究施設があればどこの実験室でも可能である。
なお、疑診の患者さんがいれば、この方法にて」型コラーゲンの遺伝子変異を解析が可能なので、希望される先生はご連絡ください。

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